1953年、自由を口にするものは政治犯としてすぐに捕まる時代。政治的弾圧が続く中、罪を課せられた者は思想改造および教育・更生のため緑島に収監されていた。連行された者たちは、名前ではなく番号に置き換えられ、囚人として「新生訓導処」に監禁、重労働を課せられる日々を余儀なくされた。
純粋な心を持つ、絵を描くことが好きな高校生・余杏惠(ユー・シンホェイ)。ひとりの子どもが生まれて間もなく投獄された正義感の強い、看護師・嚴水霞(イェン・シュェイシア)。妹を拷問から守るため自首して囚人となった陳萍(チェン・ピン)。
次々と迫る不条理に対しても思考は止めず台湾語、北京語、日本語などあらゆる言語を駆使しながら一日一日を生き延びようと過ごす人々。時の為政者は何をしてきたのか。考えることは罪なのか。これまで閉ざされていた歴史に、また一つ光が射す。
監督コメント
“What is the sin of thinking?"―考えることの罪とは?
“Why is it a sin to think? "―なぜ考えることが罪なのか?
考えようともせず、考えることをやめてしまう―
そんな日が自分に訪れたら、どんなに悲しいだろう
『流麻溝十五号』は、考えることをやめられない女性政治犯たちを描いています。
彼女たちの心は解放されます。しかし、その思想のせいで肉体は監禁され、虐げられ、殺されてしまうのです。
このような不条理が起こったのは遠い過去ではなく、私たちの祖母の世代は
今なお消えない恐怖を抱いているかもしれません。
これらの不条理が終わり、永遠になくなることを心から願います。
しかしながら世界の他の場所では、今なお同じことが繰り返されているのが現実です。不条理に対して私たちにできることは、忘れ去られないように物語を語り継いでいくことだけ。
そうしないと、いつまた不条理の脅威が戻ってくるかわからないのです。